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CC/ABC自体も、TV局八、AMラジオ局九、FMラジオ局八を所有するが、TV局のすべてはABCテレビネットワークと提携、またラジオ局のすべてはABCラジオネットワークと提携して同社のビデオ部門は、ケーブル放送の番組の制作、供給に積極的に取り組んでいて、ESPNの八O%を所有している。
ESPNは、スポーツ番組を主体として、ケーブル放送では全米一の規模を誇る。
受信家庭は、全米で六一OO万世帯、また世界七五カ国のコ一四OO万世帯に達している。
さらに同社は、アーツ・アンド・エンターテイメント・ネットワーク(社会・娯楽番組)の三七・五%、ライフタイム(女性のライフスタイルと健康の番組)の三分の一を所有し、ドイツ、フランス、スペインでもTV、演劇プロダクション会社の株式を保有している。
出版では、日刊紙八、週刊誌七五、ショッピング・ガイド・不動産関係誌五六を一二州で出版。
同社は、売上げや利益を放送と出版に分けて公表する。
Pの人柄に惹かれたMは、CCの取締役としての参加を勧誘するが断られる。
だがそれ以後二人は、親友としての関係を続けている。
PがCC株を初めて買ったのは一九七七年。
しかし、理由はわからないが、その翌年には売却し、利益を得ている。
一九八四年になって、MはABCの会長レオナード・ゴールデンセンに声をかけた。
彼の頭には両社の合併があったようだ。
最初の試みは成功しなかったが、一九八五年一月に、Mは再ぴ行動を起こした。
FCC(連邦通信委員会)の決定で、その年の四月から、一企業が持つことが許されるTV、ラジオ局の数が七から一二に増える、という事情がからんでいたこともある。
このときは、ゴールデンセンも同意した。
彼は七九歳。
後継者の人選に迷う、という事情もあった。
Mとパークは、この業界では、最良の経営チームと目されている。
合併新社は強力な経営力を持つことになるではないか。
ABC側は、高い顧問料をとる投資銀行を雇って交渉の席に臨んだ。
一方のMは、従来は独力で片づけてきたのだが、今回は親友のPを参加させた。
二人は協力して、TVネットワークとしては最初の、そしてメディア業界で史上最大のM&Aを実現させたのであった。
CCはABCに、ABC株の一株につき二二ドルのパッケージ(現金二八ドル、CC株の一O分の一ワラントリ三ドル相当)をオファーした。
このオファーは、買収の発表直前のABCの市場価格の二倍に値した。
この総額三五億ドルの資金調達について、CCは、銀行シンジケートからの融資一二億ドル、重複するTV、ラジオ局の売却代金約九億ドル、それに、規制によって持てなくなる資産(W社に売却したものも含まれる)の売却代金などを加えて準備し、残りの五億ドルはPが分担することになっていた。
PがCCの発行新株三OO万株を、一株一七二・五ドルで買うことにしたのである。
Mは、再びPにCCの取締役就任を要請、今回は彼も了承した。
W社の取締役として十年余の経験をしたPは、TV放送、雑誌出版などの事業について理解を深めていた。
また、新開発行についての長年の経験は、すでによく知られていた。
また、TVネットワークについての知識は、一九七八年、八四年と二度にわたるPによるABC株買いによって深められていたのである。
CCとABCは、ともに三十年余の問、利益を上げてきた。
ABCの株主資本利益率は平均一七%。
一九七五-八四年の対資本の借り入れ比率は一二%であった。
CCのほうは、ABC買収のオファーを出すまでの一0年間、利益率一九%借り入れ比率二O%であった。
放送とネットワークの業界は、平均を超える業況に潤っている。
新聞とほぼ同じ理由で、彼らは非常に大きな経済的。
のれん。
を持っている。
放送タワーが完成すれば、その後の資本支出、運転資金の需要はそれほど大きくはない。
在庫投資は存在しない。
映画や番組はクレジットで買って、後に広告収入から支払えばよい。
一般的な法則として、放送会社は、投下資本に対して平均を超える利益を上げ、運転資金を上回る多額の現金収入を生み出すことになっている。
放送局とネットワークにまつわるリスクとしては、政府の規制、テクノロジーの変遷、不安定な広告収入などがあり、また、まず稀ではあるが、政府はライセンスの更新を断ることができる。
ケーブル放送は、一九八五年頃は、ネットワークにとってたいした脅威ではなかった。
大多数の視聴者は通常の番組を選んでいた。
また、一九八0年代の消費景気に乗って、広告費はGNPの伸びをはるかに上回る伸びを見せた。
広告主は依然として、ネットワークに依存していた。
一九八五年のこれら業界の長期展望は非常に明るく、ネットワーク、放送局、出版社等の基本的な業況は、平均を上回る、というのがPの考えだった。
PのCCに対する五億一七OO万ドルの投資は、当時のPにとっては一案件として最大のものだった。
彼が、CCとABCの合併後の価値を、どのように弾き出したかは謎である。
一株一七二・五ドルで三OO万株売り渡すことを了承した。
しMは、CC/ABCの株を、かし、われわれは価値と価格が別物であることを知っている。
またわれわれが学んだPの方法は、企業の実態価値と買値との聞に十分な安全余裕率があるときに買う、ということだった。
しかし、CC/ABC買収については、ある程度の妥協があったことを彼も認めている。
仮りに、一七二・五ドルを一O%(一九八五年の三O年物米国債の利回り)で還元して、一六OO万(CCの発行済株式数二ニOO万株とPへの新株三OO万株の合計)を掛けると、二億七六OO万ドルになる。
この企業の現在価値は、この額を利益として生み出す収益力がなければならない。
CCの一九八四年の利益は、償却と資本支出を差し引いたネットで一億二二OO万ドル、ABCは三億二OOO万ドルだった。
この両者を合計すると、四億四二OO万ドルになる。
しかし、新会社には巨額の借入金ができる。
銀行借り入れ二一億ドルの金利支払いが年間二億四OOO万ドルあるから、新会社の収益力は、約二億ドルになると見られる。
そのほかにも考慮に入れるべきことがあった。
Mの経費節減の手腕は伝説的でさえあった。
CCの営業利益率は二八%、ABCは二%だった。
もしABCのそれを三分の一ほど改善して、一五%としたなら、新会社は年々、一億二五OO万ドルの利益を追加計上することができる。
これで、合計三億二五OO万ドルになる。
当時の利益三億二五OO万ドル、発行済株式数一六OO万株で、還元率を一O%とすれば、現在価値は二O三ドルになる。
これを一七二・五ドルの買値と比較すると、八%ほどの安全余裕率があることになる。
Gがこれを見て、私を褒めてくれているかどうか?疑問だね」もし、ある程度の推定を加えれば、安全余裕率はさらに拡大する可能性がある。
Pによると、当時の常識からすれば、新聞、雑誌、TV局などは、追加の資本投下がなくても、末永くいつまでも年率六%の成長が可能ということだった。
その理由は、資本支出は、償却率と同じ率でなされ、運転資本へのニーズはごく小さいから、という。
だから、収入は、自由に処分できる収益と考えてよかった。
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